第36話『叩かれたままじゃ終われない』
あれからどれだけ時間が経っただろうか。
夢の中でリオナは暗闇の中ただ座り込んでいる。
周囲からは水が滴る音、そして人の話声が聞こえてくる。
しかしその内容がなんなのかまでは完全に聞きとる事ができない。
「ティニー…エレ…リィナ………親父…母さん」
リオナはそっと呟く。
彼女は母の言っていた事を思い返していた。
“これからの事はあなた自身が決めていく事”。
「出来るだろうか…」
そんなことをずっと考えていた。
“自分と仲間を信じる事”。
「…俺、そんな当たり前な事もできてなかったのか…ハハ」
まだ脱力感に見舞われていたが、それでも徐々に気力を取り戻しつつあった。
「こんにちは、私」
俯いていたところ、目の前から声がした。
リオナが声のする方を向くと、そこにはまさしく同じ格好をした彼女自身がいた。
唯一の見分け方は、立ち方や顔つき、口調が女性らしい、というところだけである。
その存在は影リオナ、といったところだろうか。
「まだ迷ってるの?
いつもの私らしくないじゃない。
こんな簡単に折れるほど私の心って脆弱だったかしら」
「うるせーやい。
…でも確かに言う通りだ。
こんなのはいつもの俺らしくない。
……でもよ、仕方ねぇじゃねえか。
こんな事になって、あいつらに迷惑かけて、それで…」
そんなリオナの姿を見ていた影リオナは中腰になり、リオナの顔をクイッと上げる。
そしてその刹那。
バシィッ!
暗闇の中を、平手打ちの音が響く。
「…どう?人生で平手打ちを二度される気持ちは。
最初はレヴィアだったかしらね?
……それにあんたバカね。
そんな事今さら考えたってしょうがないじゃない。
こんな処でいつまでも座り込んで、“ダメだ”なんて言い続けたところで、
母さんやティニー、エレやリィナ…
それに平手打ちをくれたレヴィアに示しがつかないんじゃなくって?
私みたいな女性らしい性格の私じゃない。
豪快で勇気あるあなたを、あの子達は待ってるの。
それに答えてあげないの?」
「ッ…それは…」
影リオナの言葉が的を得ているだけに、
リオナはそれ以上反論する事はできなかった。
「…仕方ない子ね。
ほら、立ちなさい」
座り込んだままのリオナを強引に立たす。
そしてその後、影リオナは一言。
「私と闘いなさい。
この平手一つで、ね。
一対一のケンカよ、それも女同士の。
ほら、さっきのビンタのお礼、済んでないでしょ?
早くきなさい!それとも、また私が叩いてもいいのかしら?」
その言葉に、リオナは思わず笑いが込み上げてきた。
自分自身なのに何言ってるんだろう、と。
しかし“叩かれたままじゃ終われない、ここからが俺なんだ”。
確かにその通りだな、と。
そして―!
パシンッ!!
リオナの平手打ちが影リオナにヒットする。
「……痛いじゃない、よくもやったわね!!
ええぃっ!!」
パシンッ!
「…てめぇこそ、俺のくせになよっちくて生意気なんだよっ!!
てぇぃっ!!」
パシン!
…こうして2人の喧嘩は長きにまで渡ったのだった。
自分自身に対する、意地をかけた勝負である。
―それから5分後。
夢の中なので腫れあがる等の身体的変化は見られないが、
やはり痛いものは痛いらしく、
お互い半泣きで、ボロボロになりながら平手打ち合戦を続けていた。
「くそっ、俺のくせに…はぁはぁ…しぶといんだよっ!!」
パシンッ!
「あぐっ!!…あんたこそ、…はぁ…いい加減に…なさいよっ!!」
パシンッ!
「あてっ!!~~ッ!!…」
リオナの足が思わずもたつく。
そろそろお互いに限界だった。
「そうだよ…ビンタをしながら思ってた…
やっぱりウジウジ悩んでるのは俺らしくねぇ…
どんな過去があろうと、どんな未来になろうと…
支えてくれているみんながいる。
その気持ちに答えらんねぇでどうするんだ、って」
「そうよ、あなた…いえ、だからこそ私は前に進むのよ。
今までもそうしてきたの。
だからこれからもそうするのよ。
ただ自分の信じる道を突き進むの。
仲間と一緒にね。
こんなにいい仲間がいるだけ私は幸せ者」
「だからよォ…!!」
「だからね…!!」
「いい加減に目を覚ませってんだ!!」
「いい加減に目を覚ましなさい!!」
ガツンッ!!
拳によるクロスカウンターが成立した。
お互いが出せる最後の一撃だった。
「がッ…」
「あぐッ…」
バタッ…
この勝負、両者引き分け。
雌雄が決する事は無かった。
自分自身だからこそのドロー。
お互い仰向けで倒れる形となった。
「ハッ…ハハッ…!
良い一撃持ってんじゃねぇか、俺…
そうだよ、やりゃあできるんじゃねえか」
「くっ…ふふっ…!
そうね、今のは一番効いたわ…
私やればできるんじゃない」
そして自分自身同士で笑いが起こる。
周囲の背景も暗闇からいつのまにか白くなっていた。
2人ともフラフラになりながらも向かい合うように立つ。
「そろそろ目覚める頃ね、私。
外の皆がきっと頑張ってくれたおかげよ。
だから私達も、お礼しなきゃね」
影リオナはそう言い、徐々にリオナへと近づく。
「そうみたいだな。
やっとわかったよ。
俺達は1人じゃない、いつも皆が、母さんがいるって事」
「そうよ。
頑張ろう、私」
「そうだな。
頑張ろうぜ、俺」
2人が手を重ねる。
すると眩い光が発せられ、その身が一つになる。
「行こうぜ、リオナ・レッドハート!!」
先程まで泣きじゃくっていた彼女の表情には、輝きが戻っていた。
炎のように生き、獅子のように猛る。
彼女の獅子なる魂が今蘇った瞬間だった。
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「…!……めた!……ぇちゃん!」
誰かの声がした。
聞き覚えのある少年の声。
いつも傍にいてくれたたった一人のリオナの相棒の声。
「お姉ちゃん!!お姉ちゃん!!僕だよ、ティニーだよ!」
「お…あ…」
リオナはゆっくりと体を起こし、辺りを見回す。
今にも泣きそうなティニーやリィナ、
笑顔を見せているエレ、医者、そして自身の唯一の家族であるガイがそこにいた。
「…ただいま、みんな」
その一言に、ティニーはリオナに抱きつき、声をあげて泣いた。
「ごめんなティニー。
それにみんな」
エレはコクリと頷く。リィナは涙声で、
「いいのよ、リオナちゃん。
本当に良かった、無事に目を覚ましてくれて」
ガイがリオナに近づき、ティニーの頭をなでる。
「お前は本当にいい仲間を持ったな。
ここまで信頼を寄せている仲間なんだ、
羨ましいぜ」
にっ、と微笑む。
リオナもそれに応え、
「ああ、親父もありがとう」
彼女の今の表情には光があった。
それに感ずくガイが一言彼女へ呟く。
「そうか、お前、答えを見つけたんだな。
へっ、やりゃあできんじゃねぇか。
さすが自慢の娘だな」
笑顔でそういい、娘の頭を撫でる。
「…フッ、んじゃ俺はそろそろ行くわ。
次の仕事があるからな。
…仲間を大事にしろよ?じゃあな!」
「親父も、元気で!
また会いにきてくれよ!」
無言でうなずくと、ガイは病室を後にした。
扉の前ではレヴィアが壁にもたれかかり、腕を組んでいた。
「お前も結構シャイだよな。
んだよ、会ってやりゃあいいのによ、なかなか素直じゃねーなお前」
「う、うるさいですよ!
リ、リオナさんは私のライバルなんですから、
このくらいでいつまでも落ち込んでもらっては困ります」
「ぷっ…はっはっはっは!!」
レヴィアの目を泳がせながら喋るその様にガイは思わず笑う。
「わ、笑わないでくださいっ!!」
「はは、わりーわりーぃ。
相変わらずのツンデレとか思って悪かったって。
ま、お前もリオナの仲間みたいなもんだ。
これからもあいつのライバルでいてくれよ?」
彼の言葉にレヴィアは顔を赤らめる。
「う…うぅ~…!!
馬鹿にしないでください!!
まったく、あなたという人はいつもそうです。
これだから熱血とかいう性格は…」
と、ガイへ文句をぶつけている途中、コツコツと1人の王国兵士がレヴィアの背後へ近づく。
「ん、どうした?
なんか仕事もってきたみたいな顔しやがって。
大体こういう時は嫌な予感しかしねーんだよな…」
「同感ですね。
それで、何か御用ですか?」
そう訊くと、兵士はペラペラと資料を目の前でめくりはじめ、「これだ」と呟き、レヴィア達の方へ再度顔を向け、
「報告いたします。
例の件のファイルです。
必ず目を通すようにと、サーヴァスからのご命令です。
では私はこれにて失礼いたします。」
機密事項と書かれたファイルを渡された。
表には“M”の文字が書かれていた。
その文字を見ただけでレヴィアは顔が険しくなる。
勿論ガイも同じである。
「M…あの娘か。
あの娘に関して何か動きがあったんじゃねえか?」
「そうかもしれませんね。
ガイさん、これから任務ですか?」
レヴィアがそう尋ねると、
「悪いな。
俺は別件で行かなきゃいけない用事があるんだ。
まぁだがその用事はすぐ済むはずだから終わり次第お前を訪ねるさ」
「有難う御座います。
いつもこんな急にファイルが届くはずがありませんから、
ただ事ではないはずなのです。
終わり次第、お願致します」
頭を下げ、お願するなり、ガイは頷き、
「わかった。なるべく急ごう。
それじゃあまた後でな」
そう言って、ガイは走り去っていた。
レヴィアもファイルの中身を確かめるべく自室へと向かう。
“M”とは一体何なのだろうか。
レヴィアが険しくなった理由とは?
少女達の戦いはまだまだ続く―。
【第6章 ‐迷走編‐ 終】
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- 2011-07-07
- 【RH】迷走編
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