第21話『アクア・シンフォニー』
「燃える太陽胸に宿して、冷えて乾いた輩は俺の炎で焼き尽くす!」
胸元の紋章が光ると、足元に炎が円を書いて一瞬だけ爆発が起こり、その一瞬の爆風でリオナのコートは大きく揺らめく。
燃えた地面は美しい円を描いたかのように灰と化していた。
「リオナ・レッドハートここに参上……!!言われっ放しはいい気分じゃあねえ!覚悟してもらうぜ、レヴィア!!」
(なぜ私の周りはこういった輩しかいないのだろうか……)
改めて自分の運命に呆れを抱いた。
ペペロンの時といい、そして今回といい。偶然ではないと思うだけでも変な気持ちだ。
中指で眼鏡を調整し、そしてレフェリーへと合図を投げかける。
「いつでも開始してください」
相変わらず無愛想。
その声により、ついに決勝戦は開始されることとなった。
≪試合開始ーーッ!≫
火蓋が切って落とされた瞬間だった。
「約束通り、来てくれましたね、リオナさん。
やはり見込んだ通りというか、”あの人”が言っていた通りですか」
あの人というのがリオナには分かる筈も無く、淡々と呟やくレヴィアに思わず威嚇する。
「あの人だかなんだかわけ分からん事を言ってんじゃねえ!
それに、ここまで来た理由は一つ、”お前が俺に喧嘩を売ったから”だ!
俺がそれを買ったんだからお前をボコる権利が俺にはある!しかも徹底的にっ!!
その覚悟があるんだろうな!?」
親指を地に向け、レヴィアへと躊躇なく挑発する。
簡単な挑発に乗るレヴィアではないが、今回は決戦場。
「成る程。では私の覚悟をお見せしましょうか……!」
「さっさと来な!!」
両雄の壮絶な激突が今開幕したのだった……!!
一方その頃、場所は変わり、二人の戦いを何処からか見守る二つの影。
「レッドハートの娘、ここまで来たか……やはりガイの娘だけあって力量もあって度胸も据わっている。
ハッハッハ!やはり一度くらい挨拶はしておくべきだったかな?」
サーヴァスと老婆だった。二人は何やら談笑しているようだった。
「ケヒ、試合中ですぞ、サーヴァス。
それに、お主は”重要な仕事”を終らせるという役目があるではないか。
仕事中にも関わらず抜け出すのは少々関心せんのぉ」
ヒッヒッヒと、妖しく笑いながら、サーヴァスの湧き上がる気持ちというのを抑えさせる。
「フッ、私とて、もう五年は”ギルドマスター”をやっているが、久々なのでな。
ガイの娘という存在が、今こうして目の前で戦いを繰り広げている。
戦士として男として、湧き上がる気持ちの一つや二つ、あるものだということを女である婆やがわかるはずがないだろう?」
笑いながら、サーヴァスは婆を茶化す。
「ヒッヒ、そうかもしれんのぉ。
……ところでサーヴァスや、そのガイじゃが、この会場の何処かにいることは知っているかのぉ?」
怪しい笑いをしながらサーヴァスへと問う。
フッ、と鼻で笑いながら、
「そんなことはとうに知っている。奴の有り余る闘気程感じられないものはない。後ろにいる事ぐらいわかってるさ。
なあ……ガイよ?」
後ろを振り向くと、ドアを背にもたれ掛っている一人の男。
「……やーっぱバレちまったか」
リオナと同じくワインレッドだが短髪で、リオナが持っているコートとは別の種類のコートを羽織っていた。
背中にも大きな刀を背負っている。
リオナの時とは違う、一級G-Aが放つ独特の闘気というものがあり、その覇気には娘以上の凄味があった。
「よぉサーヴァス。俺の自慢の娘はどうだ?色っぽくて惚れちまったか?」
早速自慢話を始めるガイだった。サーヴァスは鼻で笑い今のリオナへの感想を述べた。
「フ、それはともかくパワー、スピード共に筋があっていい。アキトに鍛えられていただけある。防御面に問題があるがそこはお前に似たのか?
そして性格もキサラよりもお前向きだ……、
と、この話題はまずかったかな?」
例え方に問題を感じたサーヴァスだったが、それに対してのガイの回答は穏やかだった。
「俺は構わねえさ。確かにキサラは天下一の美人だったが……。
けど、リオナには言うなよ。あいつの前でキサラの話をしたら多分”ぶっ壊れる”かもしれねえ」
少しだけ笑みを浮べて、しかしサーヴァスに忠告した。親である以上、娘が”どうにかなってしまう姿”など、見たくはないのだろう。
「いずれ思い出すかもしれねえ。けど今はまだそんな時じゃねえ。
それまで俺が元凶をぶっ倒しておく。
あいつには……泣いてほしくないだけだ」
サーヴァス達に背を向け、手をヒラヒラさせて立ち去る合図をした。
その前に一つ、引っかかる疑問を一つガイへ問いかける。
「……お前がここに来るということはただ娘を見に来ただけではあるまい。
やはり、”奴”がここに来るということか?」
その質問に対し、ガイは背を向けたまま簡単に答えた。
「奴だけじゃねえ。
あいつ……アベルもここへくる。
ついに動きだすらしい」
その答えには驚くしかなかった。
サーヴァス自身も会った事のない男。
その男の名は”アベル・エストール”。名前だけが流れていて、その素性は誰も知らない。
神出鬼没のG-A。
そして”皇帝”という二つ名を持っている。
「あいつは気配を消すのが得意な男でな。探すのには時間がかかったぜ……」
サーヴァスの方へ再度振り向き、ため息をつき呆れ顔になる。
「皇帝……奴は強いのか?」
サーヴァスは聞かずにはいられなかった。
ギルドマスターである以上、そして彼自身皇帝という男に非常に興味があったからだ。
「あいつか?前一回敵と戦ってた事があったが、はっきりいって強ええ。
俺だって”何してたか分からなかった”。
手を前に出した瞬間、敵を吹っ飛ばしてあっという間に倒しちまった。
それ以上はしらねえ」
実力者であるガイが言うという事は本当なのだろう、サーヴァスはそう悟ったのだった。
「さて……俺もそろそろ自慢の可愛い一人娘が勝つ所見てくるとすっかな」
ガイは急用を思い出したか如く娘の顔を遠くからだが拝見するために、一言残して去って行った。
「……相変わらず……溺愛な奴だ」
サーヴァスは顔は笑っていたが呆れた言葉を吐き捨てる。
婆はただ二人の姿を見、笑っているだけだった。
一方リオナとレヴィアの方では白熱した戦いが続いていた。
攻めるリオナと守るレヴィア。
聞こえは一見普通だがその二人の攻防には凄まじいものがあった。
踊りでも踊るかのように優雅に舞うレヴィア、それに対して荒々しさのある猛獣のようなリオナ。
両雄の対照的な戦いに、飽きて帰る観客は一人もいなかった。
「どうした!!いつものレヴィアさんらしくねえじゃねえか!守ってばっかでどうにかなるとでも思ってんのか!?」
笑みを作り、レヴィアへの攻撃を激しくさせる。
「ええ、私の場合あなたとは違い猪突猛進に、ただ攻めるだけの人とは違いますから」
不敵な微笑みを返し、リオナの攻撃を華麗に避ける。
攻撃のパターンを観察し隙を探す、相変わらずの論理的戦いにリオナはイラ立ちを感じるものがあったが、何故か彼女は微笑んだままだった。
その刹那、レヴィアの表情から笑みが消えた。
何かを見透かすような鋭い瞳。
リオナの持ち前の野性的勘のおかげか、レヴィアの変化にはすぐに気がつく。
そして気がついた時にはリオナはすぐさま距離をレヴィアから遠ざける。
「……どうしたのですかリオナさん、何故攻めないのですか?
あなたらしくないですね」
不敵な笑みを作りレヴィアはリオナへと問う。
(一瞬、ただならねえ”ヤバイ”ものを感じた……。
このまま攻めていたら首の一つはぶっ飛んでいたかもしれねえ……。
これがレヴィアか……ただのインテリ野郎じゃねえわけだ)
リオナから冷や汗が垂れ落ちる。
そのリオナの慎重な判断に安心したレヴィアは、
「……あなたがただの単細胞で無い事は分かりました。
よく距離を離しましたね、合格ラインです」
またもどこかの教師のように、リオナへの評価を示す。
「あの人が調査しろ、って言っていた理由も少し分かった気がしますね。
これでやっと……」
スタスタとリオナへと前進を開始する。
そして……。
「本気が出せます」
この言葉一つだけでリオナの手から震えが走った。
持っている刀には手汗が滲む。
背筋が凍りつくほど冷たいその瞳に、圧倒されそうになる。
「見せましょうか。少々本気出しますが、あなたなら耐えられるでしょう」
彼女が冷ややかな言の葉を紡ぐと、左腕にある水の紋章が輝き出した。
「心地よい水の海に抱かれて……。
眠りなさい、”アクア・シンフォニー”」
その言葉とともに、辺りには濃厚な霧が立ち込め始めた。
観客はおろか、レヴィアの姿すら見えなくなる程濃い霧である。
「くそっ!霧か!何しようってんだレヴィア!!」
余りのその霧の濃さに、服が既に水で濡れ始めている。
言い放った声すら反響して聞こえてくる。
「大丈夫……直ぐに楽にしてあげますよ」
レヴィアが優しくどこか冷たさを感じる言葉を並べた瞬間、リオナの肩の辺りに痛みが走った。
「うぐっ!!痛ってぇ……」
肩には切り傷が走っていた。
軽い出血もしている。その血が、ポタポタと地に何滴か滴り落ちた。
そしてカツカツと、場所は確認出来ないが靴を鳴らす音が聞こえるくる。
するとレヴィアが堂々とリオナの前方に姿を現したのだ。
またとない機会に、リオナは笑み、刀を握り締めた。
「へっ、ノコノコと姿現すたぁ、いい度胸じゃねえかあ!!」
ザンッ!!
刀を横一閃に大振りし、決まったかに思えた。
が、実は霧の中から出た幻影。
それは霧によって出来た蜃気楼だった。
あっけなくリオナの刀は空を斬る。
「何処狙ってるんですか?蜃気楼ぐらいわかるでしょう?
あまり考えずに体力を使うことはお勧めしませんよ……。
もっとも、この霧から出る事を考える前にあなたは私に敗北しますが……」
言葉が終わると同時に突如リオナの耳元に風を切る音がした。
その刹那、リオナは体中を霧に存在している見えない何かに切り刻まれていく。
「ぐああぁぁッ!!」
傷一つ一つは小さいが、数が多くなればダメージも大きくなっていく。
”塵も積もれば山となる”とはこの事だろう。
(このままでは確かにやべえ……何か方法を……)
血に赤く塗れ、痛みに耐えながらも脱出方法に試行錯誤を繰り返す。
繰り返し繰り返し……。
そして一つだけリオナは答えを導き出す事が出来たようだった。思い立った顔つきになり、
「うざってえ……こんなヒヨコみてえな攻撃、どうってことはねええ!!」
両手を目の前へ突き出し何やら構えを取ると、胸元の火の紋章が光った。
魔道で何かしようというのか。
「一か八か、賭けだッ!!」
そう言ってリオナは痛みにお構い無しに両の掌に力を込め始めた。
ボウッ!と炎が手のひらから出ると、今度はこの炎が丸みを帯び、圧縮されていく。
「……まさか!」
レヴィアの血の気が引いた。
彼女からすれば余程リオナは恐ろしい事をしようとしているらしい。
「や、やめなさッ……!!」
止めようと考えたのか、しかし言い終わる前には既に遅かった。
リオナの掌では既に炎が超圧縮されており、既に準備は万全だった。
「おお!やってやるぜえええ!!」
雄たけびを上げついにそのエネルギー体を開放させたのだ。
そのエネルギーを中心に生暖かく、少し強い風が一瞬吹く。
そして次の瞬間……。
ボゴオオオンッ!!!
大きな音を立てて、会場に大爆発が起きた。
観客には爆風の影響があり飛ばされかけた者もいたがなんとか全員無事だった。
ただ一つ……。爆心地であったリングは隕石が落ちたかの如く丸く凹んでいた。
レヴィアが起こした霧は爆発の際に発生した熱と爆風により霧が吹き飛ばされたようだ。
……しかし二人の姿が上がる煙で隠れていて確認することができない。
≪と、突然の爆発でしたが会場の皆様お怪我はございませんでしょうか……?≫
失神している者が多少いたが大事故にまでは至っていない。
それよりも会場内では一つの大きな心配事が出来ていた。
それは”リオナとレヴィアの生存確認”。Bランクとはいえ、SやAに比べればまだまだ赤子の存在なのだ。
無事であるかどうかなど期待出来ないのだ。
≪ふ、二人の選手の安否が気になります。煙が消えるのを今はじっと待つばかりです……≫
そしてそれからほんの数分程度。
煙も晴れ始め、ガラッと、岩がどかされる音が一つ。いや、二つだった。
音はほぼ同時。
「慣れねえ事は……ケホッ、するんじゃなかったぜ」
「ケホケホッ、全くあなたには本当に驚かされますよ……」
咳き込みながら立ち上がる二つの影。そしてこの口調は間違い無かった。
凹んだリングの上で黒ずんだ二人の少女。
そう、リオナとレヴィアだった。
≪な、ななななんと二人とも立ち上がりました!!あの爆発の中でよく生きていました!そしてリングが破壊された事により、リングアウトが二人のルールから外されます!つまり、ギブアップかノックアウト、このどちらかでのみ勝敗が決定します!!≫
規則に基づくアナウンサーの発言により、リングアウトが外された。闘技場内を揺るがす歓喜で場は一層盛り上がるのだった。
「っしゃ、あのリングさっきから狭かったんだよなー。
これでお前とやりやすくなったってわけだ」
「そのようですね。私のこの服、どうしてくれるんです?
折角洗って綺麗にしたばかりなのにあなたのせいでボロボロです。
それにさっきの爆発の魔道は火の中でも特異な技、”バーストボム”。並の者が無理に使えば、腕が吹っ飛んでしまう危険な魔道なのですよ……それをあんな場面でやってのけてしまうとは」
レヴィアの丁寧な説明にもリオナは鼻で笑い自慢気の顔を見せる。
「へえ、じゃあ俺はさっきの技で腕吹っ飛んでねえから並大抵じゃねえんだな」
二人の会話はどこか楽しそうだった。
仲の悪い二人だったがその会話の中で二人から笑みがあった。
煤がついた服をパンパンッと掃っているリオナを眺めるレヴィア。
「……お話もこれまでです。決着を着けさせてもらいます。
先程の私の魔道は体力を使いすぎるのであまり使いたくはなかったんですがあなた相手となるとそうはいきませんでしたので」
笑顔から一変。
先程と同じ殺意のある冷徹過ぎる目に変わった。
「……またその目か。
お前のそういう所、やっぱ好きになれねえや。
俺もさっきから出血が酷いしそれに爆発でもうギリギリだ。
丁度いいや、これで終わらせようぜ」
自慢の刀を握り締め、今まで以上の闘気を込めて構える。
レヴィアもそれは同じだった。どちらも限界での勝負、全ては一瞬で勝負がつく。
二人の戦いの結末は一体どうなるのだろうか……誰もが固唾を呑んで二人の行く末を見守るばかりだった。
「さぁ、行くぜ!!」
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- 2008-11-25
- 【RH】武術大会試合編
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