第4話『それはあなたのことですよ』
彼女達が初仕事に胸を躍らせていたのとは裏腹に、仕事の内容は全く悲惨なものだたった。
その内容とは、“生涯植物状態”である依頼主の娘に薬草を与え、生き永らえさせる事。
この魔物の神経毒は、その魔物の体内のワクチンを接種することで解毒することができるようである。
……しかしながら、依頼人には、ワクチンをG-Aに取りに行かせるほどお金を支払うことはできず、それに近い効果を発揮する、気休め程度の薬草を取りに行かせるというCランクの仕事へと降格せざるを得なかったのである。
それでもなんとかしたいと願っている依頼主のためにもリオナ達は、ルパナの森へと向かうのであった。
ルパナの森へたどり着くと、そこは森にしては明るく日が当たる。
子供が1人でお気に入りの場所としても遊びにきてもなんら不思議も無い程の場所であった。
「さあ、一刻も早く捜そうぜ」
リオナがそう言って、奥へと進んでいく2人。
「リオナ姉ちゃん、実は僕、そういう薬草って見たことなくって……」
ティニーは心配そうに言ったが、
「俺は何度も見たことがあるぜ。
なんせ食べるものの代わりにしてたからなぁ……。
適当に食いすぎてて、大体のやつは見ただけで分かるかな」
遠い目になりながら自信ありげに彼女は笑顔でそう言った。
すると、
「……む」
突然何かの気配に気づいたリオナ。
「どうしたの?」
何があったのかとティニーが問うとリオナは草むらを見ながら、そこに存在していたものを指差す。
そしてそれは鼻音を立てながら、
「ブキィィィィッ!!」
草むらの陰から中型で、大きな角をもった猪がリオナ達目掛けて突進してきたのだった。
突然のことだったが、準備していたおかげでなんとか避けることができたリオナとティニー。
「ティニー、きをつけろよ、こいつは“ボアル”っつってな、角が大きいし、何より突進力がある。
喰らえばそのまま吹っ飛ばされっからな、こんなやつとの戦闘は力比べで面倒だから極力避けたい所だ」
リオナはティニーへと忠告を促す。
何があるかわからない森だからこそ無駄な傷は負わないようにと思ってのことだったのだろう。
「と言いたいところだが!!」
先ほどの言葉を投げ捨てるように不敵に笑いながら、
「ティニー、腹は減ったよな?」
思いついたようにティニーへそう聞くと、まさか、といった表情で、
「……うん。
食べたいの……?」
彼女へとストレートに伺った。
リオナは、強く頷いて、
「当たり前だろ!」
そう言い放った。
ティニーも少しばかり空きっ腹になっていたので、お互い丁度よいようだった。
「ティニー、俺がやつを根性で足止めしてみせるから、お前は俺が押さえてるその隙に、ボアルを倒してくれ!」
彼女は少ない時間の中、簡単な作戦を提案する。
しかしながらティニーは、
「ほ、本気で大丈夫なの~!?」
不安に満ちた回答を返した。
それでもリオナは、怯えるどころか美味しそうなものを狙う獅子のような瞳で、
「まかせろ!
力には自信がある!!
あんな美味そうなヤツを目の前に、漁師が手ぶらで帰れるわけないだろが!
おらおらおらぁぁぁ!!」
やられる前にやる、そう思ったリオナは真っ先に突撃し、リオナはボアルの巨大なツノをグッと掴む。
ボアルとリオナの気合と気合、根性と根性のぶつかり合いが始まったのだった。
「よっし!行けティニー、はやくコイツを倒すんだ!」
その合図に、ティニーはコクリと頷き、
「漁師ならぬ、狩人ってことだよね!
てやああああああっ!」
走りこみ、腰から剣を取り出し、そしてボアルへと斬りかかったが、
カッと、軽い音だけが響き、皮1枚だけでそれ以上は貫通させられなかった。
「か、硬すぎるよお姉ちゃん!」
ティニーが弾かれた剣を見てそういうと、
「だったら、俺の背中を使え!」
リオナは苦し紛れに微笑んで答えた。
成程、とティニーは納得した顔で、
「そ、そうか、ごめん、ガマンして!」
ティニーがリオナへと先に謝り、助走をつけるため、リオナの背中から離れた。
「だああああああ!!」
勢いよく走り、その勢いのままリオナの背中を踏みつけ高く飛びあがる。
いわゆる兜割りという形で、全体重を剣に託した。
そしてそのまま、ザクンッ!と刺さった音がして、見事にボアルの頭を剣が貫いた。
「ブキィィイ!!」
断末魔をあげながら、ボアルはそのまま横へと力なく倒れた。
2人のコンビネーションでボアルを倒すことに成功したのだった。
「……ふぅっ、さすがは俺の相棒だよな!
何をするにもまずは腹ごしらえってことさ!
俺が調理してやるから、しばらくそこの辺に座って待ってろ」
そういいながら、小型ナイフをどこかから取り出して、ボアルの肉を慣れた手つきで剥いでいくリオナ。
肉の上の皮も剥がし終わり、そのまま1口サイズへと切り捌いた。
軽くその辺から拾った木や、枝を折ったりして集め、まだ慣れてはいないが火の魔道を使い、そして木へ着火させ、焚き火を作った。
そしてそのまま予め持っていた木のような先の尖った棒を何本か取り出すと、肉を突き刺し、切った肉を焦がさないように、しっかりと焼き始めた。
「……さ、ティニーも喰おうぜ!
これから何かあったときに、パワーがなかったら意味がねえからな。
栄養補充で、もしもの戦いに備えておかねえとな」
手際よく調理していく様を一部始終みていたティニーは、
「……お姉ちゃんはすごいよ。
1人でこんなことまでできるなんて……。
それに、強くて男の子の僕よりも格好よくて……
僕なんかとても……」
リオナの実力を何となく見てきたティニー。
ここまでの彼女の強さを見てしまうと、自分が手伝いをしたいと思っても、彼女にとっては足手まといにしかなってないんじゃないか……。
僕は何しにここまで来たのだろう、遊びじゃないのに。
そんな不安が連なって過ぎってくる。
「……ティニー、口をあけてみろ」
そんな彼を見かねたのか、リオナは呆れた顔になりながらティニーへ指示する。
ティニーも言われるがままに、口をあける。
「こ、こう?」
開けた次の瞬間、その口の中へ先ほどから焼いていた肉をリオナはひょいっと突っ込んだ。
「ふぇっ!?」
突然肉を詰め込まれたティニーは驚いて思わず吐きそうになったが、頑張ってこらえ、肉を含んだ口をもごもごさせる。
「ぐだぐだと余計なことは考えなくてもいいんだよティニー。
お前はお前、俺は俺。
今もし弱いと思うなら、そんだけぶん強くなりゃいいだけのこったろ。
俺だって、最初は弱かったさ……。
ここに来るまでにたくさんの魔物と戦ったけど、1人旅だったから、道にもよく迷ったし。
でもしっかりと努力してきたから今を生きてる……」
そういって、リオナは新しい肉を木の棒に刺して、焼く肉を追加する。
「お前は俺に付いてくる決心でここまできた、これから何があるかもわからねえのにだ!
そんだけ、気合のあるやつだ。俺はそれだけでも格好いいとおもうぜ?
俺が言ってんだ、間違いねえさ……。
だからガンガン喰って、修行して、俺といっしょに強くなろうぜ!な?」
リオナがくったくのない笑顔でそういうと、ティニーはそれに励まされた感じがして、救われたようだった。
「……うん!」
快く答えるティニー。
先程の俯いた表情とは逆の、微笑みの表情になっていた。
「……!」
ここで、リオナが何かに気がついたのか、辺りを見渡し始める。
「えっと、どうしたのお姉ちゃん?」
ティニーがそう聞いた瞬間、木の棒をリオナは近くの大木に勢い良く投げる。
そして何か生き物を突き刺したようだった。
見ると、その突き刺さったところに、蛇型のDランクの魔物である“スナケ”が姿を現していたようだった。
「シャアァァァッ」
鳴き声もむなしく、スナケは木の棒に突き刺されたまま力尽きた。
「……ええっと、あの蛇がまさかあの女の子を?」
ティニーがそう言うが、リオナは首を振り、
「いや、しかしあんなヤツにそこまでの毒があるとは……。
人を生涯植物状態にする毒を、あんなヘビが持ってるとは思えねえ」
リオナが考え込んでいる所、シュンッ!と、ここで、どこからか何かの針が飛んできた。
「おわっ!?」
突如飛んできたその無数の針の攻撃を何とか対応したリオナだったが、その隣では、
「うあっ、しまっ……」
ティニーが針を避け損ない、数発が服を貫通している。
ものの数秒で、ティニーは体から力が抜けていくように倒れた。
ピクピクと体を痙攣させ、動けなくなってしまったティニーを見て、リオナに熱いモノがこみ上げてきた。
「ティニー……!?
くそ、姿現しやがれ!」
リオナが刀を背中の鞘から抜き出し、周囲に怒鳴りながら呼びかける。
すると奥から1匹の巨大な蛇型の魔物が現れ、頭には人間の顔らしきものがついていた。
その首は流暢に人の言葉を喋る。
「あたいはこの森の中で馬鹿な人間狩ってる“セルペント”でさぁ。
人間の中では、Bってランクらしいけどねえ?
あんたはあたいの攻撃、よく避けたみたいだけど、そっちの黄色髪は終わりかしらね……?」
ピクリとも反応を示せなくなっているティニーを見て、リオナは歯を噛みしめて怒りを露わにする。
「くっ……やっぱりお前が犯人か!
近頃この森で犠牲になった子がいるんだが……それもお前なんだな!?
「くす、その子ねぇ……よく覚えているよ。
あたいを見たそいつの母がその小娘を抱いて必死に逃げようとしてたんで、1発その子供に置き土産しといたのさ。
まあ、治したければあたいを倒すことね。
あんた、見たところ、Cランクってところかしら……なら到底無理ねえ!」
シュンと、セルペントから音速の如き速さの舌を出すと、その舌でティニーの体を掴み、自分の眼前に運ぶなり、舐めるように眺める。
「ちょっとでも抵抗してみな……?
こいつはあたいの舌によって、圧迫されて死ぬことになるよ……。
どっちにしろあたいの毒で死んでるようなもんだけどねぇ」
と、ニヤッと笑みを浮かべながらセルペントが脅す。
「クソッ……!!
なんとかならねぇのか……卑怯だぞ!」
リオナがそう言うも、セルペントは、蔑んだ顔で笑いながら、
「クスクス、勝つためには手段なんていらないのさ。
このガキをこうやってるだけであんたは何も出来やしない。
もともと実力に差がありすぎてるけどねぇ……アッハッハッハ!」
「畜生、どうすりゃあいいんだよ……?
親父……馬鹿親父……!」
頭の中をフル回転させ、今どうすべきかをリオナは考え込む。
しかしセルペントはそれの猶予さえ与えない。
「それに、あたいは女は嫌いでね。
あんたのような可愛いらしい女子を見てると、この手で殺してやらないと気がすまないほどにムカつくんだよ!!」
シュシュンッ!
セルペントは右手をゴムのように伸ばし、その伸縮でラッシュを繰り出し鞭のような動きでリオナへ攻撃を仕掛ける。
「……くっ!」
ガキンキキンキィン!
早すぎる攻撃スピードに、それらの攻撃を刀で受け流すのがやっとだった。
それに、妙な抵抗をすればティニーの命がない。
リオナは攻撃を仕掛けることが出来ず、痛めつけられ放題だった。
「っ!」
時たま相手の攻撃がリオナへと届き、そのダメージは徐々に蓄積されていく。
その蓄積されたダメージが、リオナの体力と精神を蝕んでいく。
「くすっ、諦めるのが楽だよ。
あんたのその美しさは、あたいがあんたを喰ってその分も美しく生きてやるよ。
さあ大人しく喰われるがいいわ!」
傷ついたリオナは息を荒くし、滴り落ちる血がその辛さを物語っていた。
……しかしリオナはそれでも、これからどのようにティニーを救えばいいのかずっと考えていた。
「はぁ……はぁ……。
まだだ、まだ諦めるわけにはいかねぇんだよ……!」
リオナは力を振り絞りもう1度構えなおす。
彼女を見てセルペントは笑みを零しながら、目だけは睨めつけていた。
「アッハッハ、笑わせるわよねぇ……もう息が切れてるじゃないのさ。
ムカツクねえ……さっさと死にな!」
セルペントが放つ渾身の一撃は、リオナのみぞおちに狙いを定めていた。
「かはっ……!」
彼女はなんとか直撃は避けたものの、セルペントの攻撃を喰らい、大きく後ろのほうへと吹き飛ばされてしまった。
そのショックで、リオナの足が動かなくなってしまった。
「……ちょこまかと鬱陶しかったけどそろそろ動けないようだね……。
針も刺す必要も無いほどにねえ……。
このままとっとと食べちゃおうかしら?」
「う……ぐ……」
ボロボロになったリオナの首根っこを右手で掴んで持ち上げた。
だが、彼女の眼は一切諦めてなどいない。
……しかし皮肉にも段々とリオナの視界は霞のようにボヤけてきていた。
「その眼……まだやろうってのかい?
威勢だけはいいんだねえ。
でもねえ、威勢だけじゃどうにもなんないことだってあるんだよ。
さあ……終わりだよ。
ちゃんと頭と心臓残して喰ってあげるよ。
意識は最後まで残るから安心だよ?
うふふ……もだえ苦しみながら、威勢を後悔に変えて死んでいきな!」
今、セルペントがリオナの体を引き千切ろうとした、その刹那だった。
「それはあなたのことですよ」
セルペントが背後からの声に気付いた頃にはもう遅かった。
リオナを持ち上げていた腕、そしてティニーを縛っていた舌が千切れて飛んだ。
そしてその声の主は、リオナとティニーをすぐさま遠くへと運び、
「……あなた達は馬鹿なのですか?」
その声の主がリオナ達に対して一言放つ。
それに対しリオナは言い返そうとしたが、
「!!うぐっ……!」
しかし彼女には今、喋る力すらあまり残されていない程だった。
そんなリオナの目の前に、暖かい光りが見えた。
傷口を撫でるようなその優しい光は、リオナの高ぶっていた気持ちを安静にさせた。
「これでいいはずですよ。
傷口は一時的に塞いでおきましたから、よっぽどの事がない限り開きませんよ。
後は……あのセルペントを倒すのみです」
その声の主はそっけなくそういった。
リオナは、霞のようになっていた視界が、今はっきりと見えるようになっていた。
各所の傷口を探したが、どこにも見当たらない程綺麗に塞がっていた。
「傷が治ってる……お前、恩に着るぜ。
あんたのその肩の紋章は、確か“水”だっけか」
リオナがそう問うと、彼女は頷いて、
「ええ、そうです……火であるあなたとは正反対ですが……。
体内のカロリーをエーテルに変換して、空気中の水分を力に変え操り、それを放ったり、治療に使ったりするのが主流ですね。
それより、気を付けてください、セルペントは強いです。
ですが、あなたと上手くフォーメーションを組んで立ち回ればあるいは……」
その女が説明の途中で、リオナお構いなしにセルペントの方へと歩き出した。
「よくも卑劣なあの手この手を使ってくれたな!
俺達を怒らせた事、あの世で後悔することになるぜ!」
ビシッとリオナはセルペントを指差し、一言放つ。
そしてそのまま口から出てくる言葉を紡いでいく。
「これからお前をぶっ倒す漢の名前を聞かせてやる!」
「ちょ、ちょっと」
その女の言葉を無視し、リオナは無理矢理続けた。
「己の魂燃え盛る時、その怒りの炎は悪をも焦がす!」
チャキンと、刀を相手へ向けて親指で胸元の火の紋章を指差した。
「友のためにも意地でも進んでやるぜ漢の花道!」
「リオナ・レッドハート!
悪を許さぬ正義の雷!ここに見参!」
刀をしっかりと構え直し、口上は完了した。
フフンと鼻で笑っているリオナ。
もはや呆れた顔でその女とセルペントは、
「馬鹿なのかしら……こいつ」
「……馬鹿なのでしょう、この人は」
1人と1匹は呼吸の合った一言で、リオナという存在を解釈したのだった。
彼女は、ティニーのためにそして依頼主のためにも、内に秘めたるその闘志を更に燃やすのだった。
「さあいくぜ、不細工な蛇女!俺達がお前に、今すぐ引導を渡してやる!!」
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- 2008-07-21
- 【RH】戦いの礎編
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